妖怪大行進

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江戸東京博物館の大妖怪展に行ってきました。


夏休みなので 混雑していると思いきや 平日午前中だったからか


チケット売り場に10人ほどの列が出来ていただけで入場出来ました。


妖怪好きなら この大行進をお見逃し無きよう。


因みに 8月11日からは、伊藤晴雨 幽霊画展です。


こちらも大いに楽しみ。


下記は 『鴻山ものがたり』より抜粋。


「鴻山は、自分が教えていた塾生の一人に、妖怪画を描くようになった理由を次のようにもらしています。


「ある時、遊びに出かけた女の子が、出かけたまま帰ってこないので、とても心配になった。立ち寄っていそうなところを聞いてみても、どこにもいない。なお心配になって、そわそわしていると、突然、門の外で『お父さん』と呼ぶ声がしたので、ああ、やっと帰ってきたか、よかったと思い、『おう』とこたえたが、姿はどこにもなく、声もそれっきりしなかった。するとしばらくして、その子が小川で流されて死んでいたという知らせが入った、時間を照らし合わせてみると、ちょうど門の外から、『お父さん』と呼びかけられた時間と一致していた……」


こうした体験は、ほかにもあったようで、鴻山の妖怪画は、身近な人たちの死とも深く関係しているようです。


鴻山の兄弟は幼くして、あるいは鴻山より早く世を去り、また、鴻山の子供のうち、三人の男の子は小さいうちに亡くなっています。そして、一人娘も思いもよらない水の事故で世を去りました。


鴻山は、これらの兄弟や子供への思いを胸に絵を描いたり、絵の中に彼らの魂を呼び込んだりしていたのでしょう。


このように鴻山は、この世を去った者も自分も皆一つになれるものとして、妖怪画を描くことにのめり込んでいきました。

 

死者への恐れよりもむしろ、生きている時には得られなかった死者との一体感や調和があったのです。

 

また、絵に登場するのは一人ではありません。数人が寄り合って話し合ったり、お酒を酌み交わしたりしている姿を描いて、人は一人で生きているのではなく、真に関わりあって生きていくことの大切さも、鴻山は語りかけているのです。


鴻山自身は、けっして芸術的に高いものを求めるために妖怪画を描いたのではなかったようです。

 

むしろ、ちょっとユーモラスな表現の中に、人なつこさが感じられる、そんな味わいを求めていたと思われます。



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